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東京地方裁判所 昭和36年(レ)620号 判決

判   決

東京都杉並区方南町四四三番地

第一審原告(第六二〇号事件控訴人、第六三五号事件被控訴人)

岩崎芳夫

右訴訟代理人弁護士

露木滋

同都千代田区神田酸河台二丁目一番地

(送達場所同都文京区湯島天神町一丁目一八番地心城院内)

第一審被告(第六二〇号事件被控訴人、第六三五号事件控訴人)

合資会社お茶の水商会

右代表者無限責任社員

浅野遙

同都文京区湯島天神町一丁目一八番地心城院内

第一審被告(第六二〇号事件被控訴人、第六三五号事件控訴人)

浅野遙

右当事者間の昭和三六年(レ)第六二〇号、同年(レ)第六三五号各家屋明渡請求控訴併合事件について、当裁判所は、次のとおり判決する。

主文

原判決中第一審原告敗訴の部分を取消し、金銭給付を命じた部分を「第一審被告等は各自第一審原告に対し昭和三五年四月一日以降昭和三六年六月一日に至るまで一箇月金二八、五二〇円の割合による金員の支払せよ。」と変更する。

第一審被告等の各控訴を棄却する。

訴訟費用は、第一、二審とも第一審被告等の連帯負担とする。

この判決中第一審原告勝訴の部分に限り仮りに執行することができる。

事実

第一審原告訴訟代理人は、主文一、二項と同旨及び「訴訟費用は第一、二審とも第一審被告等の負担とする。」との判決並びに金銭給付を求める部分につき仮執行宣言を求め、第一審被告両名は、「第一審原告の控訴を棄却する。原判決中第一審被告等敗訴の部分を取消す。第一審原告の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも第一審原告の負担とする。」この判決を求めた。

第一審原告訴訟代理人は、請求の原因として

「別紙目録記載の建物(以下「本件建物」という。)は第一審原告の所有に属するところ、第一審原告は、昭和二四年四月八日東京地方裁判所において第一審被告浅野外二名との間に成立した裁判上の和解(同庁昭和二二年(ワ)第八五三号事件)に基き、第一審被告浅野に対し本件建物を左記約定、すなわち、賃貸借期間は同日から昭和三五年三月末日までとし、期間満了の際は現状のまま無条件で本件建物を明渡すこと、賃料は右全期間を通じ金四〇〇、〇〇〇円と定め、内金二五〇、〇〇〇円を昭和二四年四月末日限り、残金一五〇、〇〇〇円を同年九月末日限りそれぞれ前払すること、賃借人は、右賃貸借期間内に限り第三者に対し本件建物の賃借権を譲渡し又は転貸することができるが、この場合賃貸人に対しその旨の通知をしなければならないとの約定で賃貸し、第一審被告浅野は、その後自己が代表者を兼ねている第一審被告合資会社お茶の水商会(以下「第一審被告会社」という。)に対し、本件建物を転貸し、もつて、第一審被告両名は、共同して本件建物を占有するに至つた。

ところで前記裁判上の和解は、第一審原告より当時の本件建物の賃借人であつた浅野八重(第一審被告浅野の妻)及びその同居人たる第一審被告浅野外一名を相手方として提起された明渡請求訴訟において、第一審原告が極力明渡を主張したにもかかわらず、第一審被告浅野より重ねての懇請がありまた裁判官の勧告もあつたので、やむなく第一審被告浅野の乞いを容れ同人に対し改めて十一箇年間賃貸することにしたが、その代り期間満了の際には絶体無条件に明渡をなすべきことを必須の条件として、始めて成立するに至つたものであるから、本件賃貸借契約は、明渡猶予期間を認める趣旨において締結された賃貸借というべく従つて借家法の適用なく、仮りに適用ありとしても、右のような場合には期間満了の際における明渡条項をもつて、借家法第六条の規定に該当する借家人に不利益な特約と目することはできないから、本件賃貸借は昭和三五年三月末日の期間満了によつて終了し、第一審被告浅野と第一審被告会社との間の右転貸借も同日限り第一審原告に対する関係においてはその基礎を失い消滅するに至つたものといわなければならない。

仮りに右の主張が容れられないとしても、第一審原告は、本件建物において自ら薬局を開業する必要に迫られた結果、右賃貸借の期間満了前六月ないし一年内である昭和三四年六月一日発、その頃到達の書留内容証明郵便による書面をもつて第一審被告浅野に対し自己使用の必要を理由とする賃貸借更新拒絶の意思表示をなし、かつ、右期間満了後における第一審被告浅野の本件建物の使用継続についても、第一審被告浅野を相手方とする別件訴訟において遅滞なく異議を述べているから、いずれにしても、右賃貸借契約は、その期間満了により終了し、第一審被告会社の転借権も第一審原告との関係においてはその存在の基礎を失い消滅するに至つたものというべきである。

以上の次第で昭和三五年四月一日以降第一審原告が前記債務名義(裁判上の和解調書)に基く強制執行により本件建物の明渡を受けるに至つた昭和三六年六月一日までの間、第一審被告両名は第一審原告に対抗しうる権原なくして不法に本件建物を共同占有して第一審原告の本件建物所有権上の使用収益を妨げ(第一審被告浅野には同時に賃貸借契約終了に伴う本件建物の返還義務不履行の責任もある。)もつて、各自第一審原告に対し本件建物の相当賃料額に該る一箇月金二八、五二〇円の割合による損害を蒙らしめたものである。

しかるにもかかわらず、敢えて第一審被告浅野は本件建物につき賃借権をまた第一審被告会社は転借権をそれぞれ有する旨主張して争うので第一審原告はその不存在確認を求めるとともに、第一審被告等に対し所有権侵害に基く損害賠償として、(第一審被告浅野については同時に本件建物返還義務の不履行に基く損害賠償責任も成立する。)昭和三五年四月一日以降昭和三六年六月一日に至るまでの間一箇月金二八、五二〇円の割合による損害金の各自支払を求めるため本訴請求に及んだ。」

と陳述し、「第一審被告等の主張はすべて争う。」と述べた。

第一審被告両名は、本案前の抗弁として、「本訴は当初第一審原告において本件建物の所有権ないし賃貸借契約の終了を原因として第一審被告等に対し本件建物の明渡を求めるとともに所有権侵害または賃貸借契約終了に伴う返還義務の不履行に基く損害賠償として損害金の支払を求める形において提起されたものであるところ、右訴訟の進行中昭和三六年七月一七日午前一〇時の原審口頭弁論期日において、第一審原告は右訴を第一審被告会社の本件建物に対する転借権不存在、第一審被告浅野の本件建物に対する賃借権不存在の各確認並びに同被告等に対する損害金請求の訴に変更したものであるが、右は請求の基礎の同一性を欠くものであるから訴の変更は許されない。」と述べ、請求原因に対する答弁として、「第一審原告主張の事実中、第一審原告と第一審被告浅野との間に成立した本件建物の賃貸借が第一審原告主張のような趣旨でその期間満了により当然終了し、これに伴い第一審被告浅野と第一審被告会社との間の本件建物転貸借も当然消滅するとの点第一審原告のなした右賃貸借更新拒絶が正当事由を具備するとの点及び本件建物の相当賃料額が第一審原告主張のとおりの金額であるとの点は否認するが、その余の事実はすべて認める。

そもそも本件建物賃貸借契約は次に述べるような事情のもとに成立した普通の建物賃貸借であるから期間満了の際における建物明渡の条項を定めたとしても、かかる特約は借家法第六条の規定に該当するものとして何等の効力がない。また第一審被告浅野は本件賃貸借契約の締結にあたつては本件建物を永続的に使用できるものと確信し、そのゆえに当時住居に不自由していた第一審原告の求めにより、他に新居を建築せんがための工事費四十万円を本件建物の十一年間の前払賃料として支払い、本件建物についても種々改造を加え、これを実質的には第一審被告浅野の個人営業である第一審被告会社の名で写真材料店として使用してきたのであり、他に財産もない第一審被告浅野にとつては本件建物を失うことは直ちに生計の途を奪われることとなるのに比し、第一審原告は前記のとおり第一審被告浅野の提供した前払賃料により居宅を新築所有しているうえ、現に埼玉県衛生部薬務課長補佐として相当額の収入を得て生活しているのであつて、必ずしも本件建物の返還を求めて薬局を開業しなければならない必要性があるわけではないから、第一審原告のなした本件賃貸借の更新拒絶には正当事由はない。しからば本件賃貸借契約は期間満了とともに当然更新されたものというべきであり、従つて第一審被告会社も適法な転借人として本件建物の転借権をもつて引続き第一審原告に対抗しうるものである。

仮りに、右賃貸借契約が期間満了によつて終了したとしても、賃貸人たる第一審原告は適法な転借人たる第一審被告会社に対し右賃貸借終了の通知をしていないから借家法第四条によりその終了をもつて第一審被告会社に対抗することができない。」

と述べた。

証拠関係<省略>

理由

先づ第一審被告等は、第一審原告の本件訴の変更は、その請求の基礎を変更するものにほかならないから許さるべきでない旨異議を申し述べているので、この点について考えてみるに一件記録によれば、なるほど第一審原告が第一審被告等主張のごとく訴の変更をなしたことは明らかであるが、右訴の変更の前後を通じてその請求の基礎とするところは、いずれも第一審原告と第一審被告浅野との間の本件建物賃貸借契約が終了したことに存することは明白であるから、右訴の変更をもつて請求の基礎に変更があつたものとは認め難い。従つて第一審被告等の右異議は採用の限りでない。

そこで、本案について按ずるに、第一審原告と第一審被告浅野との間に第一審原告所有の本件建物につき、第一審原告主張のような経緯でその主張のとおりの賃貸借契約が成立し、その後、第一審被告浅野が第一審被告会社に対し本件建物を転貸し、もつて第一審被告等が昭和三六年六月一日まで本件建物を共同して占有していたことは当事者間に争がない。

ところで、第一審原告は、右賃貸借は期間満了により当然終了すべき性質の賃貸借である旨主張するのに対し、第一審被告等はこれを争うので、以下この点について検討を加えるに、(証拠―省略)を総合すれば

「第一審原告は、もと本件建物を第一審被告浅野の妻八重に賃貸し、自らは東京都杉並区内の自宅に居住していたものであるが、右自宅が昭和二〇年五月中空襲により焼失したため住宅に困窮し辛うじて三畳一間を間借して不自由な生活を送つていたところ、たまたま、右八重が終戦後本件建物の一部を北川竹蔵に無断転貸するに至つたので、第一審原告は、本件建物を自己において使用する必要があることないし本件建物の無断転貸を理由に昭和二二年中右八重、北川及び八重の夫第一審被告浅野の三名を相手取つて東京地方裁判所に本件建物明渡の訴を提起するに至つた。

しかして、右訴訟の係属中裁判所の和解勧告に基き双方当事者間に和解の交渉が進められることとなつたが、その席上、第一審原告は、住宅に困窮していることを理由にあくまでも本件建物の明渡を主張し、ただある程度の明渡猶予期間を認めることは止むを得ないと考え、この趣旨のもとに期間を三年ないし五年とする賃貸借契約を新たに締結する意思ある旨の譲歩を示し、なお婦人の賃借名義を避け直接八重の夫第一審被告浅野との間に契約を締結したい旨の意向を告げたのに対し、第一審被告浅野は、とりあえず期間を一〇年とする賃貸借契約を締結してもらいたいと要望した。かくして、交渉を重ねるうちに昭和二四年四月八日の和解期日において、第一審被告浅野は、第一審原告の住宅建築資金を提供する手段として、賃貸借全期間中の賃料を金四〇〇、〇〇〇円と定めてこれを第一審原告に前払し、その代償として、第一審原告は、第一審被告浅野に対し、本件建物を期間同日から昭和三五年三月末日まで一一箇年の約定で賃貸することとするが、第一審被告浅野は右期間満了の際には絶対無条件に本件建物を明渡す旨の裁判上の和解が漸く成立し、即日その旨の調書(甲第一号証)が作成された。」

ことが認められるのであつて、(中略)他に右認定を左右するに足る証拠はない。

右認定の事実によれば、第一審原告と第一審被告浅野との間に成立した本件建物賃貸借契約は明渡猶予期間を認める趣旨において締結されたものというに妨げない。

ところで、従前の裁判例にあつては、建物明渡を前提として成立した裁判上の和解または調停において定められた賃貸借については、借家法の更新に関する規定の適用を避けるため、これを一時使用の賃貸借と構成し、或いは賃貸借の期限付合意解約と構成する等各種の努力が試みられてきたが、要するにその意図するところは、かかる場合に借家法の更新規定を適用することは、当該和解または調停の成立過程に照らし、いかにも社会常識に反するがゆえに、敢えて明渡条項を容認せんとするところにある。そこでひるがえつて考えてみるに、そもそも裁判上の和解または調停は単なる私人間の示談契約等と異り、裁判所または調停委員会という公的な専門機関が関与し、実質的正義実現の立場から、その合理的裁量が加味されて始めて成立するものであり、一方借家法第六条の規定も、借家関係において劣位に立つとみられる賃借人が優位にある賃貸人の恣意、圧力等に屈し不当に不利益な立場に追いやられることを防止する法意に出たものにほかならないから、裁判所または調停委員会という公的な専門機関の合理的裁量が作用し、賃貸人の恣意がそのまま強制されることの許されない裁判上の和解または調停において明渡を前提とする賃貸借契約の締結を相当と認め、これに期間満了の際における明渡条項を付したとしても、それは決して借家法本来の趣旨に反するものではない。

かくみれば、裁判上の和解または調停において右のような取扱をした場合には、借家法第六条の形式的意義にかかわりなく、その効力を肯定すべきであり、本件の場合はまさに明渡を前提とする賃貸借に該当するから、前記裁判上の和解において期間満了の際における無条件明渡条項が定められた以上、本件賃貸借は昭和三五年三月末日の期間の満了によつて終了したものといわなければならない。

しかりしかして、右賃貸借にして期間満了により終了した以上第一審被告浅野と第一審被告会社との間に存した本件建物転貸借は適法なものとするも、もはやその存立の基礎を失い、次に述べるような関係で第一審原告に対抗し得ないこととなるから第一審原告との関係においては終了するに至つたものといわなければならない。

第一審被告会社は、第一審原告が右賃貸借の終了を転借人たる第一審被告会社に対して通知しなかつたから第一審原告にあつては右賃貸借の終了をもつて第一審被告会社に対抗できない旨抗争するが、第一審被告会社が第一審被告浅野の所謂個人会社であることは第一審被告会社の自認するところであり、かつ第一審被告浅野は終始第一審被告会社の代表者を兼ねていたものであるから、かかる場合には改めて借家法第四条所定の通知をなす必要のないことは同条の法意に照らして明らかであり、従つて第一審被告会社の右主張は採用の限りでなく、右転貸借も、第一審原告との関係においては、その基礎たる賃貸借の終了と同時に終了したものといわなければならない。

しからば、第一審被告等の本件建物占有は右賃貸借または転貸借の終了後は結局正権原を欠くものとして不法に帰したものというべきであるから、右共同不法占有により第一審原告は本件建物所有権上の使用収益を妨害され、爾後本件建物の相当賃料額に該る損害を蒙りつつあつたものといわなければならない。ところで(証拠―省略)を総合すれば、本件建物の昭和三五年四月一日当時における相当賃料額は一箇月金二八、五二〇円であると認められ、他に右評価を左右するに足る証拠はない。

如上説示のとおりとすれば、第一審原告が、本件建物につき、第一審被告浅野において賃借権を第一審被告会社において転借権をそれぞれ有しないことの確認を求めるとともに、第一審被告等に対し建物所有権侵害に基く損害賠償として不法占有開始の日たる昭和三五年四月一日以降第一審原告において本件建物の明渡を受けた日である昭和三六年六月一日に至るまでの間一箇月金二八、五二〇円の割合による損害金の各自支払を求める本訴請求はすべて理由ありとして認容すべきである。(従つて他の主張についての判断は省略する。)

さすれば、原判決は、第一審原告の請求を一部棄却した限度において失当であるから該部分を取消したうえ主文第一項のとおりに変更し、また、第一審被告等の各控訴は理由なきものとしてこれを棄却すべきである。

よつて、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九六条、第八九条、第九三条第一項但書仮執行の宣言につき同法第一九六条を適用して主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第一四部

裁判長裁判官 古 山   宏

裁判官 小 酒   礼

裁判官 定 塚 英 一

物件目録<省略>

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